2021年9月にスタートした、「コミュニティカフェをめぐる旅」。

本来であれば全国を旅しながら直接いろんなことを学ぶ場にしたかったのですが、コロナ禍で実現すら危ぶまれる状況でした。

そこで、Zoomを活用して現地とつなぎ、各地のコミュニティカフェの代表者から説明を頂きながら理解を深める場を設けることに。

今回はその記念すべき第1回目、宮城県石巻市のカフェ「浜の暮らしのはまぐり堂」で代表をされている亀山貴一さんに、お話を伺うことができました。

東日本大震災を経験して、地元で生きる選択をした亀山さん。

どんな思いでコミュニティカフェ設立に至ったのか、設立してからどのような苦労があったのか…

ゆっくりと、伺っていきたいと思います。

 

■東日本大震災を経験してからカフェ設立に至るまで

「カフェじゃない話が半分以上になると思います」と前置きをしながら、非常に聞き取りやすく、温かい声で話し始めた亀山さん。

亀山さんは、宮城県石巻市の蛤浜地区というところで生まれ育ちました。

牡鹿半島の中にある蛤浜地区はリアス式海岸の特徴を持った場所で、前は海、後ろが山という地区です。

亀山さんは子どもの頃から漁業が身近な環境に育ち、漁師にあこがれていました。

しかし「漁師では食べていけないから公務員を目指せ」という家族の勧めから研究者になる道を模索し、九州の大学を卒業。

その後地元宮城に戻り、水産高校の教員になりました。

結婚して、休みの日は家族やご近所さんと海辺でバーベキューをするような理想の暮らしをしている中で、東日本大震災が発生。

子どもが生まれる直前で実家に戻っていた奥さまは震災の被害に遭い、亡くなってしまいました。

「もうここには二度と住めない」。

そう感じた亀山さんは、街に引っ越します。

とはいえ、大好きなふるさとのことが気になり、一年後に戻ってみると…

蛤浜地区の人口は、2世帯5人にまで減っていました。

しかも、そのうち4人が60代以上。

「このままでは、集落がなくなってしまう」と危機感を持った亀山さんは、持続可能な浜をつくることを目指す「蛤浜プロジェクト」を、教員の仕事をしながら実行していくことにしました。

「暮らし」…コミュニティ
「産業(6次産業化)」…漁業、農業、加工業、飲食業、ツーリズム
「学び」…自然学校、インターンシップ、実習

という3つの柱を掲げた亀山さん。

2012年3月に、一枚の絵を描きました。

地域に人は少なくても、交流人口を増やせば地域を活性化できると考えたんです。

早速行政や商工会など様々なところに相談に行った亀山さんでしたが、「人口5人の集落でこんなことができるわけがない」と相手にしてもらえないことがほとんどでした。

それでも「この絵はいい」と亀山さんのビジョンを理解し、共感してくれる仲間は増加。

ともにがれきの除去や、ビーチクリーン活動に汗を流します。

仲間の協力もあって、蛤浜地区はきれいになっていきました。

いよいよ、この絵を実行に移すことにした亀山さん。

一気に全部は無理だから、まずは地域から離れた人たちや県外から来た人も休めるカフェを作ろうとしたのですが…立ちはだかったのはコストでした。

新築でカフェを建てようと思ったら、何千万円ものお金がかかります。

そこで、亀山さんが自宅として使用していた築100年ほどの家を、リノベーションして活用することにしました。

DIYしていくことで仲間同士の会話も弾み、さらに口コミで仲間が増えるなど、予想外の効果もあったとのこと。

DIYにシフトした結果、初期投資は350万円ほどで済みました。

そして、震災から2年後の2013年3月11日に「Café はまぐり堂」がオープン。

亀山さんも教員を辞め、はまぐり堂の切り盛りに専念することにしたのです。

ようやくスタートラインに立った亀山さんたち。

良くも悪くも、予想もしない出来事が次々と起こっていきます。

 

■「こんな風になると思わなかった」-地元住民に怒られる

紆余曲折を経て、2013年3月11日にオープンしたはまぐり堂。

ランチメニューにもジビエ料理や地元の食材をふんだんに使ったメニューを開発し、販売しました。

口コミ効果で、初日だけでも50~60人の来客があったんだそうです。

その後自然学校や体験教室、セレクトショップギャラリーにツリーハウスなど、順調に蛤浜での事業を拡大していった亀山さん。

交流人口は年間約1万5千人まで拡大。

2021年までの8年間で、約10万人になりました。

交流人口も増えて、順調そうに思われた蛤浜プロジェクトでしたが、思わぬところで課題が噴出します。
地元住民が、不満を漏らし始めたのです。

県外からやってくる人々はみんな車でやって来るので、車が止めきれずに漁業の邪魔になってしまったり、夜のイベントで騒がしくなってしまい怒られたり…

交流人口が増えることは、住民の幸せに直結するわけではないことを痛感しました。

多くの来客で、スタッフたちも疲れがたまっていきます。

何のために、今の活動をしているのか。

亀山さんたちは、自分たちが大切にしたいことをもう一度整理しました。

・人のつながり
・暮らしと文化
・生産者の思い
・自然と共生する
・手間暇をかけて丁寧にする
・創る、生み出す
・ワクワクすることをやる

の7点を大切にしたいもの(Being)として挙げ、事業を見直しました。

メディア露出や団体受け入れは極力やめ、亀山さんたちが思いついたらすぐやりたいと思っていたことを地元住民に配慮して丁寧にじっくりとやり、自己犠牲でやらないことを確認しあうなど、作戦を変更。

地域課題を事業にしていくコミュニティビジネスの基本に立ち返って、良いビジネスを模索しています。

 

■やりたいことをやり続けた結果、独立

様々な事業を手掛けてきた、亀山さんを中心とするはまぐり堂のメンバーたち。

「面白いことやってるなら俺も帰るよ」と、県内外から多くの人がUターンやIターンしてくれました。

それぞれ専門もやりたいことも違うため、法人として雇用するのには限界が出てきます。

そこで、雇用としてではなく、やりたいことがある人は独立して個人事業主になるスタイルを取ることにしました。

もちろん、独立後もはまぐり堂や亀山さんとの関係は良好。

亀山さんは、独立した人々を「はまぐり船団」と呼んでいます。

「Café はまぐり堂」も、2018年ごろに「浜の暮らしのはまぐり堂」に名前を変えました。

というのも、大切にしたいことを整理した時に、「やりたいことはもはやカフェではない」ということに気づいたからなんだそう。

2019年ごろからランチを予約制に変え、850円ほどで提供していたランチを1,980円まで値上げ。

カフェのスケールを縮小していきました。

それも、亀山さんたちの「身の丈に合った幸せ」を追求していった結果です。

コロナ禍になってカフェは休業しますが、その決断ができたのはオンラインショップに力を入れていたから。

亀山さん自身も漁業を再開し、季節ごとに違う魚介類を獲る小漁師をしながら、はまぐり堂の運営をしているそうです。

 

■震災から10年、コロナ禍…これから目指すものとは

交流人口を増やすべく様々な工夫をしてきたものの、地元住民からの批判やスタッフの疲弊など、課題が見つかった蛤浜プロジェクト。

現在は「身の丈に合った幸せ」を目指しています。

かつて頑張って増やした交流人口は、コロナでパタッと止まってしまいました。

そして、交流人口を増やそうとしていた時に培ったつながりを、より深くしていく道を模索しているようです。

鹿製品やお菓子の購入、カフェの利用でお金を落としてもらう消費経済から、ともに価値を作っていく共創の世界へ。

交流人口の増加から、関係人口の増加へ舵を切っています。

世界的に問題になっている環境問題や食料自給率の向上に向けて、蛤浜の人々が当たり前と思っていたものを価値として再発見し、浜の日常を宝物として提供していく。

亀山さんは、そんなはまぐり堂を目指しているそうです。

はまぐり堂は、浜の魅力を伝えるメディアである。

そう語る亀山さんは、すごく生き生きしているように見えました。

そうして蛤浜の魅力を外に開いて人の流れを作ることと、人々が「こうありたい」と思う姿を実現できる場を作ることが、持続可能で豊かな地域づくりにつながるのではないかとおっしゃった亀山さん。

亀山さんたちがこれまで一生懸命取り組まれてきた活動が点だとすれば、現在はそれを線でつなぐ活動をされているのかなと感じました。

持続可能な地域づくり、ぜひ参加してみたいですね。

 

■説明を終えて-ナビゲーターとのトークセッション

亀山さんの説明が終了し、視察会は旅のナビゲーター斉藤とのトークセッションに移行しました。

斉藤保(以下、斉藤)
様々な活動をされていく中でコロナ禍となり、今までの日本人の生き方が問われているのかなと感じますが…亀山さんは最初からこうしたことを見越した活動をされていたのか、それともまずはカフェ、というように目の前のことをやっていく感じだったんでしょうか。

亀山貴一さん(以下、亀山)
常にどうしたらいいんだ、ということはみんなで考えていました。また、外の人たち(地域外の人たち)とのかかわりがとても大きかったです。どこに価値があるかというのは、立場によって見え方が全然違う。地元で育って「いいところだ」と感じてはいても、外から来た人が「これいいじゃん!」と言うことが、地元では当たり前のことだったりするんです。

斉藤
3か月間、絵をもって何十人もの人に会いに行ったというお話がありましたが、そのビジョンや意志の強さに多くの人が魅せられたということなんでしょうか。

亀山
そうですね。「蛤浜がなくなってしまう」という焦りも強かったですが、震災前の蛤浜での暮らしが自分にとっては理想的で。何とか実現したいなと思ったんです。街に引っ越して、教員をやりながら再婚して…という選択肢もありましたが、割に合わないなと思ったんですよね。何も不自由ないけど、このまま無難に生きて終わるのかって。震災前の理想的な蛤浜での暮らしを、何とか取り戻したいという思いが強かったですね。

斉藤
全国のコミュニティカフェを経営している方とお会いしますが、代表者にどれだけ熱意やビジョンがあっても、一人でそれを実現するのは難しいですよね。亀山さんがはまぐり堂を作るうえでも遠慮せずに意見を出し合える仲間がおられたと思うのですが、仲間づくりについて詳しく教えてください。

亀山
第一期メンバーはボランティアで、「この地域を復興したい」という思いで来てくれていましたね。根っこはそこなんです。でも、Uターンで戻ってきてくれているメンバーはもともと地元の人だから、また少し違う。そして、第三期メンバーはもはや復興なんて関係ない。はまぐり堂の活動や、私のビジョンに共感して来てくれているんですよね。それぞれ価値観が違うから、バランスをとるのには苦労しましたけど…
だから、無理してまとめるのではなく、それぞれのやりたいことを実現するために独立していくというスタイルになったんです。
今私は第三期のメンバーたちとともに活動していますが、離れたメンバーたちとも良好な関係です。

斉藤
3.11震災後から激動の10年だったと思いますが、ボランティアやメンバーの方たちのステップ移行は、結果として現代のニーズに合ったスタイルだなと感じました。

亀山
今いるメンバーとは良い関係でできていますが、やはり外部の人からの声が大きくて。地域の勉強などで来た人が仲間になってくれて、蛤浜のどこに価値があるのかを語ってくれる。それによって、私たちも蛤浜の新たな価値に気づけるんです。
中途半端にカフェのサービスに力を入れてしまうと、景色の良いカフェなんていくらでもあるので、価値にはつながらないんですよ。蛤浜にしかない自然を生かした活動をしていくことが、結果としてオンリーワンの価値を生むんです。
地域の違いを生かしていくことは日本が生き残ることにもつながると思うし、地域の文化的価値を見える化していけば、地域の魅力は出てきて、生き残っていけると思います。
でも、これを残していけるチャンスはあと10年~20年くらいしかないですよね。みんな70代80代ですから。そういう意味では焦ってますね。

 

■参加者質疑応答

参加者からの質問
リノベーションにかかった費用や、DIYコストについて教えてください。

亀山
震災の被害もあったので、まずは修繕費用やオーブンの設置費用などで初期投資として約350万円かかりました。初期投資を抑えて、自宅だった場所なので家賃はかからない。あとは人件費さえ何とか捻出できれば…という状態でした。
一年経って、お客さんも増えたのでキッチンが回らず、浄化槽もあふれてしまって。お風呂をつぶして業務用のキッチンを作るために、500万円かけました。
カフェにかけたお金はそれくらいなので、1000万円かからずにやってます。
隣でやっているセレクトショップの建物は、150万円で譲ってもらいました。震災の前にお風呂場や水回りをリフォームしたり、壁紙をきれいにしたりしていてきれいなおうちだったのですが、それをまたぶっ壊して建築系の学生さんたちにリフォームしてもらって。リフォーム費用は200万円くらいですね。木製の建具に150万円かけてます。

参加者からの質問
地域の方との関係や交流をどのように進めているかなのですが、付き合い方で気をつけたことや工夫したことがあれば教えてください。

亀山
地元だからよかった点と、甘えてしまっていた面はありましたね。最初に絵を描いて持って行ったときは、「これいいねー!頑張って」とみんな応援してくれたんですよ。仲間が集まって活動を始めてから地元向けに報告会もしていたのですが、仲間が街に住んでいるのでなかなか集まれないこともあって。地元の人が「毎回集まるのも大変だから任せるわ」と言ってくださったので、頑張りました。
最初は新聞掲載を喜んでくれるなど応援してくれていましたが、こちらとしては企業ボランティアなどの受け入れ調整が難しくなってきて。50人行くから何かやらせてくれと言われて山の整備をしたのですが、地元の人にとっては余計なことをしていくことになってしまうわけです。
結果として地元に報告するのも追いつかなくなって、「こんな風になると思わなかった」「余計なことをするな」と怒られてしまうこともありました。
一軒ずつ活動報告と謝罪をして回って、メディアに出ないことや団体受け入れをしないなどの約束をして…信頼を取り戻すまでに、5年近くかかりました。
コロナになってからカフェを一旦閉めることになったとき、地元の人が「お前それじゃ食っていけないだろ。漁を手伝え、バイト代出すから」と言ってくださったので、手伝いを始めました。よく動くことを評価していただいたのか、魚を譲ってくださったり、「今度お客さん来たらこれ食わせな」と食材を融通してくださったり。そこでまた一つ、関係性が変わった気がします。

参加者からの質問
学生の学ぶ場を作るにあたって、学生にどのようにアプローチしたのかを教えてほしいです。

亀山
震災直後は復興ボランティアで学生さんがよく来てくれていたというのはありますが、現在だとコロナになる前にインターンシップの授業があって。復興庁が呼びかけてくれていたんですが、インターンの受け入れをしていたことでスタケーションが生まれました。その時参加してくれた学生たちは、「コロナ禍でも何かできないか」と、今でも考えてくれています。
また、私も大学に呼ばれてお話をする機会があるのですが、学生さんがその話を覚えてくれていることも多いんです。「インターンさせてください」と直接電話してきてくれて、「じゃあ一緒に何かやるか」というところから活動が広がっていくこともあります。
建築系など、案件がある時にはこちらから大学側に提案することもありますが…学生さんと一回かかわりを持つと、向こうから発信してくれることが非常に多いですね。

参加者からの質問
関係人口としてやってきたメンバーと地元住民との関係性やメンバー間の調整などで工夫された点、特定少数の規模について具体的に教えてください。

亀山
今回のようにビジョンを話す場を頂いたときに、「私にも何かできないでしょうか」と声をかけてくださった方と「何ができますかね」としっかり話し合っていく時間は、大事にしていますね。そこからトライしてみて、「ここはこうしたほうが良かったね」「これは良かったね」などと話し合って、繰り返していくことが重要です。
一緒にやるメンバーによっても、方向性はどんどん変わります。最終的に決定するのは私なので、どっちに進むかのかじ取りはさせてもらってますね。

参加者からの質問
メンバーによって活動の方向性が変わるとのことですが、その場にいないメンバーとの意見のすり合わせや話し合いはどのように行っているのでしょうか。

亀山
特に話し合いの場を定期的に設けているわけではないんです。メンバーとの関係は、親戚付き合いに近くて。時たまメッセンジャーなどで「最近どうですか?」「今度行きたいんだけど空いてる?」と言い合うような感じです。会ったときに話をしたりとか、最近会ってないなと思ったらオンライン飲みをしてみたりとか。
多くの人とやるのではなくて、それぞれの分野にコアな人(キーパーソン)がいるんですよね。コアな人の周りには、人がたくさんいる。メンバーに広まる前に、コアな人のところでワンクッション置くというスタイルが出来上がってますね。多くの人と話し合ってしまうと、際限がないですからね…
かかわろうと思えば無限にかかわることはできるんでしょうけど、どこまでコミットしてどういう関係性でやっていくかによって、かかわる人数って変わってくると思うんです。親戚付き合いくらいの濃い人間関係が、爆発的に増えることはありません。50人行けばいいほうですかね。

 

この後も、亀山さんの熱いお話は続きました。

参加者の皆さんも熱心に聴いていて、良い学びの場になっていました。

終了時間になると、参加者から大きな拍手。

その後の任意参加の交流会も盛り上がり、有意義な話ができました。

 

■旅を終えて

密度の濃い時間という言葉では足りないくらいの、有意義な時間でした。

亀山さんの思いとそれを具現化したイラストが、多くの人の共感を生んだこと。

実際に動き始めてからの地元の反応や、事業を改善していくためのプロセス。

学びは尽きず、多くのポイントがありました。

都市と地方の違いはありますが、参加者の皆さんにとっては大きな学びの場になったでしょう。

これからのはまぐり堂が、どんな一手を打ってくるのか、目が離せませんね。

始めからすごい出会いがあって…この旅は、とんでもない旅なのかもしれません。

■事業概要

    • 視察先:浜の暮らしのはまぐり堂【宮城県石巻市】
    • 日時:2021年9月23日(木・祝)14:00~16:00(チェックイン13:45)
    • テーマ:牡鹿半島の小さな集落再生プロジェクトの拠点
    • ゲスト:亀山貴一さん(一般社団法人はまのね代表理事)
    • 定員:25名(最少催行人数5名)
    • 費用(税込) 一般:2,000円、学生:1,500円(院生は除く)
    • 詳細は以下サイトから
      ■コミュニティカフェをめぐる旅 vol.01
      (レポート:吉谷友尋)